映画『天気の子』の主題歌である“愛にできることはまだあるかい”考察

みなさん、映画『天気の子』はご覧になりましたか?
新海誠監督の最新作で話題ですよね。

映画『天気の子』のサブタイトルについては下記の記事で詳しく書いています。

映画『天気の子』ネタバレなし!サブタイトル“Weathering With You”の意味とは

2019年7月19日

今回は『天気の子』の主題歌
愛にできることはまだあるかい / RADWIMPSについて、考察をしていきます。

もう、RADWIMPS以外の音楽をイメージできない体になってしまった(笑)

新海誠インタビューより(CUT8月号)

とおっしゃるように、新海誠監督とRADWIMPSは相思相愛ですよね。

『君の名は。』の時の前前前世は素晴らしかったですが、今回はどうなのでしょうか。

この記事でわかること
  • “愛にできることはまだあるかい”の歌詞
  • “愛にできることはまだあるかい”の考察

“愛にできることはまだあるかい”の歌詞

愛にできることはまだあるかい

何も持たずに生まれ落ちた僕
永遠の隙間でのたうち回ってる
諦めたものと賢いものだけが
勝者の時代に何処で息を吸う

支配者も神も何処か他人顔
だけど本当は分かってるはず
勇気や希望や絆とかの魔法
使い道もなく大人は目を背ける
それでもあの日の君が今もまだ
僕の全正義のど真ん中にいる

世界が背中を向けてもまだなお
立ち向かう君が今もここにいる
愛にできることはまだあるかい
僕にできることはまだあるかい

君がくれた勇気だから
君のために使いたいんだ
君と分け合った愛だから
君とじゃなきゃ意味がないんだ
愛にできることはまだあるかい
僕にできることはまだあるかい

定めとはつまりサイコロの出た目
はたまた神のいつものきまぐれ
選び選ばれた 脱げられぬ鎧
もしくは遥かな揺らぐことない意志
果たさぬ願いと 叶わぬ再会と
解けぬ誤解と 降り積もる憎悪と

許し合う声と 握りしめ合う手を
この星は今日も 抱えて生きてる
愛にできることはまだあるかい
僕にできることはまだあるかい

君がくれた勇気だから
君のために使いたいんだ
君と育てた愛だから
君とじゃなきゃ意味がないんだ
愛にできることはまだあるかい
僕にできることはまだあるかい

何もない僕たちになぜ夢を見させたか
終わりある人生になぜ希望を持たせたか
なぜこの手をすり抜ける物ばかり与えたか
それでもなおしがみつく僕らは醜いかい
それとも綺麗かい 答えてよ

愛の歌も歌われ尽くした
数多の映画で語られ尽くした
そんな荒野に生まれ落ちた僕、君 それでも
愛にできることはまだあるよ
僕にできることはまだあるよ

愛にできることはまだあるかい / RADWIMPS 野田洋次郎

こちらは2019年7月18日に公開された“愛にできることはまだあるかい”のMVです。

7分29秒という長さのMVですが、全く時間を感じさせません。

“土砂降りの雨”や“天使のはしご”など、いたるところに天気に関係した表現が使用され、映画『天気の子』とリンクした映像になっています。

現時点で活動しているメンバー(野田 洋次郎、桑原 彰、武田 祐介)だけでなく、サポートメンバー(森 瑞希、刄田 綴色)もMVに出演しており(メンバーの山口 智史が休養中であるため)、Twitterを中心に賛否の声があがりました。

また、記事作成時の時点で 4,500,000 回以上の再生、18000件以上のコメントと非常に注目されています。海外からのコメントも多いです。

“愛にできることはまだあるかい”の考察

それでは、いってみましょう。
❇︎一部割愛しているフレーズもあります。

1つ目

愛にできることはまだあるかい
何も持たずに生まれ落ちた僕
永遠の隙間でのたうち回ってる
諦めたものと賢いものだけが
勝者の時代に何処で息を吸う

愛にできることはまだあるかい / RADWIMPS 野田洋次郎

タイトルにもなっている一行目の問いですが、非常に考えさせられますよね。

“何も持たずに生まれ落ちた僕”というのは才能も裕福さも美貌も親から何も貰えず、生まれてきた平凡さを表しています。

諦めたものと賢いものだけが勝者ということで、愛ではなく諦めたり、(ずる)賢い人だけが勝てる世の中を皮肉っているのだと感じました。

また単に“賢いもの”が勝者ではなく、“諦めたもの”含めることで、現代社会のように、空気を読んで諦めれば勝者になれるという皮肉も入っているのではと考えられます。

この“僕”は愛を信じていますが、現代社会では上記のような人こそが勝者になりえます。
そのはざまを“永遠の隙間”と表現したのではないでしょうか。

2つ目

支配者も神も何処か他人顔
だけど本当は分かってるはず
勇気や希望や絆とかの魔法
使い道もなく大人は目を背ける
それでもあの日の君が今もまだ
僕の全正義のど真ん中にいる

愛にできることはまだあるかい / RADWIMPS 野田洋次郎

支配者も神もこの社会には無関心。

政治家や(どこかにいるはずの)神は、社会を変える力があるはずなのに変えようとはしない。
そのような冷たい社会だとしても、みんな実際には“愛”を求めている。
ということを“僕”は信じているのではないでしょうか。

3つ目

世界が背中を向けてもまだなお
立ち向かう君が今もここにいる
愛にできることはまだあるかい
僕にできることはまだあるかい

世界が愛を忘れても
その世界を変えようとする君がいる
愛には価値があるのだろうか
僕には何かできるのだろうか

愛にできることはまだあるかい / RADWIMPS 野田洋次郎

“世界が背中を向けても”とあるため、この楽曲ではおそらく世界自体、愛がない(もしくは忘れている)状態なのだと思います。

そんな世界に立ち向かったり、変えようとする“君”がいます。
ということはこの“君”は“愛”に溢れた人なのではないでしょうか。

そのため“君”は、世界にも“愛”が溢れれば無関心な社会が変わっていくことを願っているのかもしれないです。

4つ目

君がくれた勇気だから
君のために使いたいんだ
君と分け合った愛だから
君とじゃなきゃ意味がないんだ
愛にできることはまだあるかい
僕にできることはまだあるかい

愛にできることはまだあるかい / RADWIMPS 野田洋次郎

ここでは“君”と“愛”が頻出するため、普通のラブソングのように思えますが、
今までの歌詞を考慮すると、ただ単に男女の愛を伝えようとしているわけではなく、世界や社会に向けて広い意味での愛(平和など)を語っているのではないでしょうか。

、、、と今では思っていますが、
最初の数回聞いただけでは、そこまで考えられるわけでもないので
最近、失恋した僕はめちゃくちゃ泣きました。。

5つ目

定めとはつまりサイコロの出た目
はたまた神のいつものきまぐれ
選び選ばれた 脱げられぬ鎧
もしくは遥かな揺らぐことない意志
果たさぬ願いと 叶わぬ再会と
解けぬ誤解と 降り積もる憎悪と

愛にできることはまだあるかい / RADWIMPS 野田洋次郎

定めいうものは、サイコロの出目や神が適当に決めるようにどうなるかわからない。

だからこそ本当に価値のあるものは、自分の正義や信念や愛なのではないでしょうか。

6つ目

許し合う声と 握りしめ合う手を
この星は今日も 抱えて生きてる
愛にできることはまだあるかい
僕にできることはまだあるかい

愛にできることはまだあるかい / RADWIMPS 野田洋次郎

前フレーズで

果たさぬ願いと 叶わぬ再会と
解けぬ誤解と 降り積もる憎悪と

愛にできることはまだあるかい / RADWIMPS 野田洋次郎

と、つらいことを想像させますが、

このフレーズでは

許し合う声と 握りしめ合う手を
この星は今日も 抱えて生きてる

愛にできることはまだあるかい / RADWIMPS 野田洋次郎

と、非常にポジティブな印象かと思います。

人は、このような対比の構造で物事を見聞きした場合、
後半に得た情報を強く意識する傾向にあります。

これは、あとよし言葉と言われます。

「ミスがなくて正確だけど、仕事は遅いね」
「仕事は遅いけど、ミスがなくて正確だね」

どちらの方が言われたいですか?

この楽曲でいうと、こうすることでポジティブさが強調され、世の中にはつらくて大変なことも多いけど、それだけじゃないというメッセージが伝わりやすくなります。

7つ目

何もない僕たちになぜ夢を見させたか
終わりある人生になぜ希望を持たせたか
なぜこの手をすり抜ける物ばかり与えたか
それでもなおしがみつく僕らは醜いかい
それとも綺麗かい 答えてよ

愛にできることはまだあるかい / RADWIMPS 野田洋次郎

人間は

  • 何もせず楽に生きていくこともできるのに、夢を見てしまいます。
  • 生まれたときから死ぬことは決まっているのに、希望を持ってしまいます。
  • ハードルが高いと思っても、努力をして手に入れようとしてしまいます。

上記のようなことにしがみつくことは醜いのでしょうか。
あえて聞かれるまでもなく、綺麗と答える人が多数なのではないでしょうか。

これらのことを“醜いかいそれとも綺麗かい”と問うことで、綺麗ということをより強調しているのだと思います。

おわりに

8つ目

愛の歌も歌われ尽くした
数多の映画で語られ尽くした
そんな荒野に生まれ落ちた僕、君 それでも
愛にできることはまだあるよ
僕にできることはまだあるよ

愛にできることはまだあるかい / RADWIMPS 野田洋次郎

RADWIMPSを含めて、愛の歌もたくさんあります。
同様に映画でも手法は出尽くしたと言われています。

そんな愛に溢れた世の中においても、この歌で愛を確実に伝えようとしてるのではないでしょうか。